東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)189号 判決
一 請求の原因一ないし四の事実は、当事者間に争いがない。
二 原告は、本件補正却下決定の誤りを主張し、これを前提として本件審決における本願考案の要旨認定の誤りを主張するので、まず、本件補正却下決定の当否について検討する。
本件補正において、補正却下決定のいうとおり、<1>機体後部に設けたトツプリンク取付台に後方へ長く延出したブラケツトを着脱自在に固定した点、<2>ブラケツトの後端と作業機に一端を連結したトツプリンクの他端とを作業機を下降した作業状態におけるトラクタ機体と作業機との間隔ほぼ中央位置で枢支連結した点を、本願考案の構成に欠くことができない事項の一部として願書に添附した明細書に付加していることは、原告の明らかに争わないところである。
1 原告は、本件補正却下決定が、補正後の考案が右<1>の点を付加したのは、願書に最初に添附した明細書に記載されている考案の目的と異なる目的(プラウ等の牽引作業機に適した状態とロータリ等の駆動式作業機に適した状態とに使い分けるという目的)を有する新たな技術的事項を付加したものであると認定したことを非難し、補正後の考案の主たる効果は、ブラケツトを必要としない場合はトツプリンクを取付台に直接取付けることができる点、ブラケツトを必要とする場合と必要としない場合とのいずれにあつても取付台は従来のままで共用することができ、ブラケツト取付用の構造を別設する必要がないという点にあるところ、プラウ等の牽引作業機に適した状態とロータリ等の駆動式作業機に適した状態とに使い分けることができるという点は、右の主たる効果より更に派生した従たる効果であつて、補正後の考案の目的は前記主たる効果に対応する課題で、右の従たる効果に対応するものではない旨主張する。
そこで考えるに、成立について争いのない甲第三号証の七によれば、本件補正の全文訂正明細書中には、原告が主張するように「本考案によるときは、三点リンク方式における従来のトツプリンク取付台を利用して後端にトツプリンクを連結するようにしたブラケツトをピン等で着脱自在に固定するように構成したので、先ず、ブラケツトを取付けるための構造を別設する必要がないのであり、従来形のものに簡単に応用できる。」(第四頁第一六行ないし第五頁第二行)と記載されており、右記載のみを見ればあたかも補正後の考案の目的は、原告が主張するように、ブラケツトを必要としない場合には、これを取外し、トツプリンクを取付台に直接取付け、ブラケツトを必要とする場合と必要としない場合とのいずれにあつても取付台は従来のままで共用することができるとするにあるかのごとくみえる。しかしながら、ブラケツトをトツプリンク取付台に取付けたり、これから取外したりするのは、なんらかの目的があるからそうするのであり、目的もなくただ漫然とそのような構成をとるということは、全く無意味であるといわなければならない。果して、訂正明細書には、前記引用部分に続いて、「すなわち、ブラケツトをトツプリンク取付台から取外し、トツプリンクを該取付台に直接取付けることができるので、プラウ等の牽引作業に適した状態と、ロータリ等の駆動式作業機に適した状態とをトツプリンク取付台をそのまま共用しつつ極めて便利に使い分けることができる。」(第五頁第二行ないし第七行)と記載されており、右記載によれば、補正後の考案は、ブラケツトをトツプリンク取付台に取付けたり、これから外したりしてプラウ等の牽引作業に適した状態と、ロータリ等の駆動式作業機に適した状態にすることを目的にすることを示しており、プラウ、ロータリー等の摘示は、原告のいうように一つの例にすぎないではあろうが、ブラケツトをトツプリンク取付台に取付けたり、これから取外したりすることの目的は、右のような使い分けをすることにあるものといわなければならない。
一方、成立について争いのない甲第四号証の一ないし四(出願当初の明細書及び昭和四六年六月二六日付、同年七月二九日付、同年一二月九日付各手続補正書)によれば、本願補正前の考案は、「トラクタ機体よりユニバーサルジヨイント軸を介して伝動され、且つ同軸の屈折と三点リンク機構によつて昇降される作業機」(昭和四六年六月二六日付補正による実用新案登録請求の範囲の項)に関するものであつて、本願補正前の明細書中には、トラクタ機体よりユニバーサルジヨイント軸を介して伝動される必要のない作業機例えばトラクタによつて牽引されるだけのプラウ等の作業機については一言半句も言及されていないことを認めることができる。右のとおりであるから、補正前の本願考案においては、ブラケツトは機体側後尾の中央上部に固定されておればよく、これを取外したり取付けたりする必要はなく、したがつて、明細書中にはブラケツトを取付台に取付けたり、取外したりする旨の記載はもちろんなく、むしろ補正前の本願考案はブラケツトを機体後部に固定しておくもの以外のものは考えていなかつたものというべきである。しかして、前記甲第四号証の一第一頁第一〇行ないし第一五行、甲第四号証の四第二頁第三行ないし第三頁第一行の記載によれば、補正前の本願考案は、作業機吊揚高さを従来のものより高くするとともに作業機吊揚時の安定なバランス支持、畦際での迅速かつ円滑な旋回を可能にすること等を目的としたものであることが認められる。
右のとおりであるから、補正後の考案が本件決定のいう<1>の点を付加したことは、願書に最初に添付した明細書に記載されている考案とは異なる目的及び技術事項を付加したものであり、実用新案登録請求の範囲を実質上変更するものというべきである。
原告は、周知の技術的手段を付加する限り、考案はその同一性を失うことなく、実用新案登録請求の範囲も実質上変更されることはないというべきであるところ、機体後部にトツプリンク取付台を設ける点及び取付台に取付部材を着脱自在に固定する点は周知の技術的手段であるから、前記<1>の点を付加することは実用新案登録請求の範囲を実質上変更するものではない旨主張する。
しかしながら、周知の技術的手段を付加する限り実用新案登録請求の範囲は常に実質上変更されることはないとはいえないし、仮に「取付台に取付部材を着脱自在に固定すること」が周知の技術的手段であるとしても、これを付加することが、実用新案登録請求の範囲を実質上変更するものであることは、上来説明してきたところから明らかであるから、原告の主張は理由がない。
2 本件補正は、ブラケツトと上部リンクの他端との枢支連結位置についても、補正前の考案における「ジヨイント軸上方」とあるを、「前後ジヨイントの中間上方位置且つトラクタ機体と作業機の間隔ほぼ中央位置」と補正するものであるところ、ブラケツトと上部リンクの他端との枢支連結位置について、「ジヨイント軸上方」とあるを「前後ジヨイントの中間上方位置」と補正することは、実用新案登録請求の範囲の減縮にあたると解されるとしても、これに加えて、「且つトラクタ機体と作業機の間隔ほぼ中央位置」とすることは、もはや実用新案登録請求の範囲に新たな事項を付加するものであつてその減縮であるとはいえない。蓋し、「トラクタ機体と作業機の間隔ほぼ中央位置」なる概念は、補正前の考案における「ジヨイント軸上方」の概念とは別のものであるといわざるをえないからである。しかして、「トラクタ機体と作業機との間隔ほぼ中央位置」を付加することが特許法第六四条第一項第二、三号にいう誤記の訂正にも明瞭でない記載の釈明にもあたらないことはいうまでもない。
そうすると、本件補正のうち、本件補正却下決定のいう前記<2>の点を付加することは、特許法第六四条第一項の要件に該当せず、補正は許されないものというべきである。
3 右のとおりであり、本件補正が実用新案登録請求の範囲を実質上変更するものであるとした本件補正却下決定にはこれを誤りであるとする点はなく、補正がなされなかつたものとして本願考案の要旨を認定した審決には要旨認定の誤りはない。しかして、原告は、審決が要旨認定した本願考案が第一引用例及び第二引用例に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものとした審決の認定については、これを争わないところであるから、結局審決にはこれを違法として取消すべき点はない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註その一〕 本願考案に関する事項は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「ジヨイント軸を使用する作業機取付リンク装置」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、昭和四四年一二月二七日実用新案登録出願をした。右出願は、昭和四九年一二月六日出願公告(実用新案出願公告昭四九―四四五七〇号)されたが、昭和五二年一二月一四日拒絶査定を受けたので、昭和五三年三月一〇日これに対する審判を請求し、右事件は特許庁昭和五三年審判第三三一八号事件として係属した。原告は、その後昭和五四年五月九日手続補正書(明細書全文及び図面を訂正)を提出し(以下この補正を「本件補正」という。)たが、昭和五四年九月一七日、本件補正を却下する旨の補正の却下の決定(以下、「本件補正却下決定」という。)とともに右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その審決の謄本は同年一〇月四日原告に送達された。
二 本願考案の実用新案登録請求の範囲
1 昭和五四年五月九日付手続補正書による補正前のもの(以下、単に「補正前の考案」という。)
トラクタ機体よりユニバーサルジヨイント軸を介して伝動され、且つ同軸の屈折と三点リンク機構によつて昇降される作業機をもつものにおいて、機体側後尾の中央上部より後方に長く延出したブラケツトと作業機に一端を連結した上部リンクの他端を前記ジヨイント軸上方で枢支連結してなるジヨイント軸を使用する作業機取付リンク装置。(別紙図面(一)参照)
2 昭和五四年五月九日付手続補正書による補正後のもの(以下、単に「補正後の考案」という。)
「トラクタ機体より動力伝達軸を介して伝動され、且つ同伝達軸の屈折と三点リンク機構によつて昇降される作業機をもつものにおいて、機体後部に設けたトツプリンク取付台に後方へ長く延出したブラケツトを着脱自在に固定すると共に、該ブラケツトの後端と作業機に一端を連結したトツプリンクの他端とを、作業機を下降した作業状態における前記動力伝達軸の前後ジヨイントの中間上方位置且つトラクタ機体と作業機との間隔ほぼ中央位置で枢支連結してなるトラクタの三点リンク方式による作業機連結装置。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>